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自動車写真家・小川義文の写真と文による 世界一美しい自動車写真集
「小川義文 自動車」

 写真・文 小川義文   東京書籍 ¥3,900+税

美術品のように整えられた美しい横顔

Alfa Romeo 2000 Sportiva Coupe 1954
 
 クルマの撮影を行う場合、まず最初に真横からクルマを眺め、全体のフォルム、曲線、面の構成を確認する。さらにメカニズムのレイアウトと乗員の着座位置により、そのクルマの用途まで知ることができる。私にとって、真横からのショットはクルマが持つ固有の美しさを発見することであり、クルマの「美の神髄」は、横顔に存在するといっても言い過ぎではない。
 また、カーデザイナーがイメージスケッチを描く場合も、まずは真横から見たタイヤの位置と車体の全高を決め、フォルムを決定する。クルマはとても複雑な造形をしているので、基本として遠近法を理解していなければ3次元の造形を2次元の平面に描くことは不可能だ。クルマは写真もデザインも基本骨格を形成するには、横顔から描くことがセオリーになる。その美しさは眺めるだけでも存分に感じることができるのだから。
 
 世界でもっとも美しい横顔を持つクルマは? と訪ねられたら、すぐに私は「アルファ・ロメオ2000スポルティーヴァ」と答えるだろう。それは理想的なスポーツクーペのロングノーズ・ショートデッキを纏い、エレガントな雰囲気を漂わせる滑らかな曲線と直線で構成され、低く丸いルーフと前後のウィンドウの絶妙な傾斜角との融和、車体の先端から最後尾までデザイン的な魅力が散りばめられているのがその理由である。
 僅か4台が試作されただけで終わったスポルティーヴァ。このエアロダイナミクスに優れた車体は、1954年のクルマとは思えないモダンな造形美であり時代を先取りしていた。クルマのデザインは技術の進歩とともに変化するが、その美しさを永遠のものにしているのがこのスポルティーヴァである。
 幸運なとこにこの希少なクルマの撮影を二度も手がけるチャンスに恵まれた。スポーツカーはその性能とデザインが調和してこそ瞭然たるもの。この意欲的な高性能車に搭載されたアルファ・ロメオのツインカムエンジンで駆る悦びはどのようなものだったのだろうか。このクルマがプロトタイプだけで終わってしまったことはとても惜しまれる。
 
 スポルティーヴァのデザインを手がけたのは、1952年から59年までカロッツェリア・ベルトーに在籍して主任デザイナーを務めていたフランコ・スカリオーネによるもの。航空機学を学んでいたスカリオーネは、航空力学をクルマのデザインに取り入れたことで、空気の流れを感じさせる流麗なスタイリングを産み出した。それらの作品は、後に風洞実験室で検証され、現代のレーシングカーでも通用する驚くべき数値をたたき出し、スカリオーネの経験と審美眼の高さが認められた。そして、1960年に独立して自身のスタジオを設立し、ランボルギーニやアルファ・ロメオのデザインを手がけた。1967年には、あの美しいアルファロメオ・ティーポ33ストラダーレを産み出しているのはあまりにも有名だ。
 1960年代は、イタリアのデザイナーたちが世界中の自動車デザインに大きな影響を及ぼした時代だった。名門のカロッツェリアのデザイナーであるピニンファリーナを筆頭に、ジョルジェト・ジウジアーロ、マルチェロ・ダンガーニ、ジョバンニ・ミケロッティら、美しいものを創ろうというイタリア人の情熱は、ルネサンスの時代から連綿とつづいてきたものであり、彼らの作品は絵画や彫刻といった芸術作品のようにいつまでも愛され、普遍的な価値を持っている。
 
 はじめて見たアルファロメオ歴史博物館所蔵のスポルティーバは、ガレージの屋根の採光面から入る拡散した光によって、まるで美術品のように輝いていた。写真は意識が瞬間に掴みとったものをカメラによって精緻に描き出すものである。直感的にハイコントラストなモノクロ写真ならではの力強さで「横顔の美」を表現してみたくなった。モノクロ写真はシンプルなだけにイメージを増幅させる表現の深さがある。光の陰影効果、車体の質感、フォルムの美しさを白から黒までの階調の中で、見る側が被写体の深層に迫ることを可能にしてくれる。このクルマの「横顔の美」は、時代を超えた不滅な光を放っている。

あとがきより

 
 1984年4月、自動車雑誌「NAVI」は創刊された。その編集方針は社会的、文化的な観点からクルマを取り上げるという、他には類を見ないものだった。ちょうど時を同じくして、フリーランスの写真家になった私は、NAVIのメインフォトグラファーとして本格的にクルマの写真を撮りはじめた。すぐれた自動車写真とはどういう写真をさすのだろうか。どうすればそれが分かるようになるのだろうか。試行錯誤の日々は長きにわたり、自分なりの自動車写真が実感できたときには、20年が過ぎようとしていた。
 現代のクルマは多義的であり、単に美麗なフォルムを撮るだけでは、そのクルマの持つ意味や魅力を伝えることは難しい。時代の変遷とともにクルマを取り巻く環境も変化し、現代人がクルマに興味を持つ理由も多様化している。それらを見据えた解釈でクルマという文化そのものを創造し、乗り手の意思を写真に反映することが、もっとも重要な要素として考えなければならない。それが小川義文流の自動車写真なのである。
 この写真集は、2015年に創刊された「NAVI CARS」の連載「SCENE」を大幅に加筆修正したものを中心にまとめた。写真家が何を考えて撮影しているのか。写真に文章を添えることで、自分なりの自動車観をつまびらかに伝えることができたと思っている。
 写真は何を主題に選びとり、それをどのように表現してきたかを知れば、写真家の視線のありかたが分かってくるはずだ。写真は好き嫌いで判断すればそれで十分なのかもしれない。しかし、一歩踏み込んで自動車写真を鑑賞できれば、さらに新たな「クルマの真髄」を見る視野が広がるはずである。この写真集が、自動車写真の妙味を味わうための一助になれば幸いである。
 

2016年7月17日  小川義文
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